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神秘体験

オウム真理教の特集本を読んでみました。
オウムについては、地下鉄サリン事件以降毎日のようにニュースだのワイドショーだので特集されていたけど、私たちが知っているのは各事件の外枠であって、彼らがどの程度、仏教などについて学んでいたのか、
そもそも麻原彰晃にはどれだけの知識があって、どれだけの修行を終えていたのか、そして、どうして学歴の高い人たち(私と同年代)が出家していくようになったのか、興味があったんですよね。

特集本では、オウムの主たる信者たち(その多くは今や死刑囚)1人1人がたどってきた道について紹介されていて、それによると、彼らがオウムの道場で実体験した神秘体験こそが、教団を妄信するきっかけになっていることがわかりました。
最初はオウムが言う超能力開発などを嘲笑していたある若者も、自分がヨガ道場で修行のまねごとをしてみると、自分の体が光に包まれているのが見える、なんて体験をして、考え方を変えてしまうのですね。

この神秘体験、というのが、時にくせものになってしまうのです。

神秘体験そのものは素晴らしいもので、その自分が拡大してく感じは何にも例えられないくらい気持ちよくって、’私ってすごい’なんて思ってしまい、だからまたそれを追い求めて行ってしまうこともありますが、実は神秘体験は、修行の道程で体験するほんの一部の経験でしかないわけです。つまり、神秘体験を追い求めるあまり、修行の本当の目的が二の次になってしまうのです。オウムにとっても、修行で目指すものは’悟りをひらく’ことだったと思うんですけどね。

また、神秘体験って、自分が強く望むと、’そんな気がした’というような体験にもなりうるのです。

以前、ゲリーが話してくれました。
ゲリーが集団で瞑想をしていた頃、周囲の人は’瞑想中に天使がきました’’私は○○(聖人)に会いました〜’’私は○○’というように、自分がいかに素晴らしい体験をしたかをレポートしていたそうです。
ゲリー自身は、何の体験もなかったし、誰にも会わなかったので、先生にそれを伝えたそうです。すると先生は、
「見たい見たいと思ってる人だけが、見たような気になるものだ。」
と教えてくれたそうです。

神秘体験自体を否定はしないけど、神秘体験イコール目覚めではないし、何かの過程でそんな体験をしても、自分の当初のゴールを見失わないようにすることが大切なんだろうなあ、と思います。

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